キャラクターコラム特別編 ジウスドゥラコラム

主人公たちに意味ありげな言葉を告げ、最終決戦でついにその正体を現す謎の老人ジウスドゥラ。シドゥリ同様、この人物にもネーミング上のモチーフが存在する。ジウスドゥラとはシュメル人の神話に登場する伝説的な王で、シュメル語で「長生者」を意味する。
バグダード南東の古代都市ニップルの遺跡から出土した、紀元前二千年紀前半に書かれたとされる粘土板によれば、遥かな太古、アン、エンリル、エンキらの男神たちとニンフルサグという女神によって、「黒頭」(=人間、黒髪に由来する)や動植物が創られた。続いて五つの都市が建設され、二番目の都市バドティビラ市は女神イナンナ【イシュタルのキャラクターコラムを参照】の管轄となった。そうして人間の世が始まりしばらく経った頃、理由はわからないが、神々は人間を滅ぼすべく大洪水を起こすことにする。しかし、イナンナが人間を滅ぼすのを悲しんだこともあり、エンキは神官でもあるジウスドゥラ王に、巨大な船を建造して大洪水に備えるようこっそり教えるのだった。
お告げの通り、地上は洪水に飲み込まれた。嵐は七日と七晩に及んだが、ジウスドゥラは船に乗り込んで難を逃れた。やがて洪水がおさまり、ジウスドゥラが下船して神々に雄牛と羊を捧げると、アンとエンリルは王が救った人間と動物を救済した。そして、王自身には永遠の生命を与えると、東方のディルムンの地に住ませたのだった──。
『ギルガメシュ叙事詩』の主人公ギルガメシュの原型となったシュメル人の王で、冥界神でもあったビルガメシュの登場する「ビルガメシュ神の死」という物語では、大洪水を生き延びたジウスドゥラから古代の知識を学んだことがビルガメシュ神の功業に数えられている。このあたりに触れたシュメル語の物語は現存しない。ただし、ビルガメシュの物語群を下敷きにしたアッカド語の『ギルガメシュ叙事詩』に大洪水の逸話が取り込まれ、ジウスドゥラが原型の人物が「ウトナピシュティム」というアッカド語名で登場する。
ある時、父たるアヌを主神に頂く神々は、大洪水を起こして地上の生物を根絶やしにすることを決定した。しかし、知識の神エアは、ウトナピシュティムの家を訪れてそのことを警告し、葦を用いて大きな船を造って家族や友人たち、そしてあらゆる生物のつがいを乗せるよう指示した。この時、ウトナピシュティムが建造した船は、一辺が六〇メートルほどの立方体の形状をした「箱舟」で、ニシル山(クルディスタンのどこかとされる)の頂に流れ着いたという。ほぼ同じ筋の大洪水神話が、やはりアッカド語で書かれた『アトラ・ハシース物語』にも見られ、こちらではジウスドゥラに相当する人物がアッカド語で「大賢者」を意味するアトラ・ハシースと呼ばれている。
さて、『ギルガメシュ叙事詩』によれば、親友エンキドゥを失って死の恐怖に打ちのめされたギルガメシュは、大洪水を生き延びて不老不死を得たウトナピシュティムから死を克服する方法を学ぶべく旅立った。女神シドゥリ【シドゥリのキャラクターコラムを参照】の協力もあり、ついに賢者を探し当てたギルガメシュ。しかし、その回答は彼を絶望させた。ウトナピシュティムらが大洪水を生き延びた時、神々はエアの説得で生存者に不死の命を与え、神々の仲間入りをさせることで見逃したとうのである。
ウトナピシュティムは、神々の注意をひくため洪水と同じ日数の七日間、不眠を貫くようギルガメシュに提案するものの、流石に無理な相談だった。しかし、王に同情した賢者の妻のとりなしもあって、深淵の底に生える「シーブ・イッサ・ヒメル(老人を若くする)」という草に不老不死の効能があることを、ウトナピシュティムが教えてくれた。首尾よく草を手に入れたギルガメシュは、ウルクの老人で効能を試そうと考えた。しかし、彼が泉で身を清めている隙に一匹の蛇が草を食べてしまい、脱皮した皮だけが後に残されていた。ちなみに、この皮こそが『Fate/Zero』においてアーチャー(ギルガメッシュ)召喚の触媒として使用された、地球上で最初に脱皮した蛇の皮なのである──。
大洪水とジウスドゥラの物語は今日、旧約聖書の「創世記」にあるノアの箱舟のエピソードのルーツだと考えられていて、船の形状など細かい違いがあるものの共通点が多い。また、ギルガメシュが蛇の介入で不老不死になる機会を失ったくだりは、同じく蛇の誘惑でアダムとイブが楽園(エデン)から追放された旧訳聖書の物語を彷彿とさせる。