キャラクターコラム特別編 ティアマトコラム

ティアマトは、元前19世紀から前16世紀にかけて栄えたバビロン第一王朝のハンムラビ王の時代(前1700年代)に、バビロンの都市神として崇拝された英雄神マルドゥクの活躍を中心に、天地と人間の創造を描く神話叙事詩『エヌマ・エリシュ』に主に登場する女神で、「母なるフブル(冥界を流れる川)」とも呼ばれている。古代世界において、人間に敵対的な世界と考えられていた塩水(=海)を神格化した存在で、名前についてもアッカド語の「タームトゥ(海)」と関係があると考えられている。外見については、『エヌマ・エリシュ』中に記述はないのだが、同時代の他の碑文では大海蛇、ドラゴンと形容され、現代ではテーブルトークRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の影響で多頭のドラゴンとして描かれることが多い。
『エヌマ・エリシュ』によれば、天地がまだ存在していなかった頃、世界にはアプスー(淡水)とムンム(生命力)、そしてティアマトという三柱の神々だけが存在した。やがて、アプスー(塩水)とアプスー(淡水)が混ざり合って、神々が生み出された。最初に生まれたのはラハム(ハは小文字、女性)とラハム(男性)で、続いて生まれたのがアンシャルとキシャルである。そして、アンシャルとキシャルの間に生まれた長子がアヌで、その息子がメソポタミアの神々の主神となる知勇に優れたエア(ヌディンムド)である。
エアとその兄弟らは、神々の住まいを勝手に出入りしたのみならず、あちこちで乱痴気騒ぎを繰り返した。ティアマトは辟易しながらも若者たちの不埒に寛容だった。しかし、怒り心頭のアプスーが執事のムンムらと陰謀を巡らせたので、エアとその仲間たちは先手を打ってアプスーを捕縛して殺害し、その亡骸の上に自分の住まいを建ててしまう。
やがて、エアとその妻ダムキナの間に、神々の中で最も有能にして賢明なるマルドゥクが誕生すると、再び同じことが繰り返された。我が物顔に振る舞うマルドゥクにティアマトが苛立ちを覚え、昼も夜も落ち着いて過ごせなくなったのである。事ここに至り、若いマルドゥク(ひいてはその父祖であるエアやアンシャルら)を妬む息子たちにそそのかされたティアマトは、殺害されたアプスーの仇を討つべく反逆者たちの討伐を決意する。 エアやマルドゥクに反発するティアマトの息子たちが母神のもとに数多く馳せ参じ、昼も夜もなく作戦が練り上げられた。この時、新たな王として彼女が選んだのは、息子たちの一柱であるキングゥ【キングゥのキャラクターコラムを参照】という神である。彼女はまた、神々に匹敵する11体の魔獣たちを生み出し、その体を血液ではなく毒で満たして、神々をも恐怖させる輝きを武器として与えた。
ティアマトが出陣の準備を進めていることを知ったエアは震え上がり、祖父アンシャルのもとに駆け込んで見聞きしたことをつぶさに報告した。母の怒りを鎮めようと、エアとアヌを差し向けたアンシャルだったが、この目論見は失敗に終わる。そこで彼は曾孫にあたるマルドゥクを呼び寄せて、ティアマトの撃退を要請したのである。
かくして、今度こそ神々の戦争が勃発した。自らの右に恐ろしい魔獣たちを並べて勇壮に進軍するティアマトを、三叉の鉾を携えたマルドゥクはただ一騎で迎え撃った。そして、携えていた網で彼女を包み込むと、悪風を彼女の口の中に送り込んで腹をぱんぱんに膨らませ、そこを狙って矢を放つ。ティアマトの腹は裂け、内臓が切り裂かれたのみならず、心臓をも射抜かれてしまい、さしものティアマトも絶命するのだった。
マルドゥクがティアマトの死骸の上に立って勝利を宣言すると、彼女に追随した者たちは慌てふためいて逃げ出そうとしたのだが、時既に遅し。彼らは敵側の神々にすっかり包囲されていた。彼らの武器は打ち砕かれ、魔獣たち諸共に捕虜の身となった。全てが終わると、マルドゥクは鉾でティアマトの頭蓋骨を打ち砕いた後、死骸を2つに切り裂いて、半分を天として張り巡らして星や星座を配置し、残った部分で大地をこしらえたのである。
いわゆるメソポタミア神話を形成するシュメル人、アッカド人の神話・伝説には、ティアマトは登場せず(マルドゥク信仰をバビロニアに持ち込んだのはカッシート人だと考えられている)、その起源については、実のところはっきりしていない。ただし、彼女が従えた魔獣たちの大部分はシュメルやアッシリアの伝説に由来している【「バビロニア神話の魔獣たち」のコラムを参照】。また、塩水と淡水が混じり合う海域がペルシャ湾沖に存在することが知られ、この現象がモチーフになったとも考えられている。