キャラクターコラム特別編 バビロニア神話の魔獣たち

原作ゲームおよびTVアニメのEpisode 1からEpisode 7にかけて登場し、ウルクをはじめ各都市を脅かすウリディンム、ウシュムガル、ムシュフシュ、ウガルといった魔獣たちは、原初の母神ティアマトが自らの子孫である神々との戦争を前に生み出し、彼女の右に並んで雄牛のように進軍したという11体の落とし子たちがモチーフだ。紀元前19世紀から前16世紀にかけて栄えたバビロン第一王朝のハンムラビ王の治世以降、バビロンの都市神として崇拝されるようになった英雄神マルドゥクの活躍を描く神話叙事詩、『エヌマ・エリシュ』に主に登場する。

・ウリディンム(Episode 1以降):ウリディンムの名前はシュメール語で「狂える犬」「狂えるライオン」などを意味すると考えられていて、図像では人間の頭を持ちながら、後ろ足で直立する犬ないしはライオンの姿で描かれる。
・ウシュムガル(Episode 2以降):「凄まじき蛇(ドラゴン)」を意味し、図像では半分ライオン、半分ドラゴンのような姿で描かれる。なお、新アッシリア時代(紀元前10~6世紀頃)の文書には、ウルの賢者ル=ナンナが、ウシュムガルをイシュタル神殿から追い払ったというエピソードが載っている。このル=ナンナというのは、シュメール初期王朝時代の伝説的なキシュ王エタナにまつわる物語『エタナ叙事詩』の作者とされる人物である。
・ムシュフシュ(Episode 2以降):「赤らんだ(輝く)蛇」「恐ろしい蛇」などを意味すると考えられている。『エヌマ・エリシュ』には蛇の頭とサソリの尾を持つ怪物として言及されていて、図像ではこれらの特徴に加えて、頭部に2本の角、ライオンの前足、ワシの後足を備えて描かれる。新バビロニア王国時代には神々の王たるマルドゥクとその息子ナブーの随獣とされたようで、これを裏付けるように、2本の角を備えた蛇を足元に従えたマルドゥクを描くレリーフが見つかっている。
・ウガル(Episode 7):ウリディンムと反対に、人間の体にライオンの頭を持つ姿で描かれる嵐の魔獣。時代が下ると、鷲のようなかぎ爪のある足を備えるようになった。名前はシュメール語で「大いなるライオン」「大いなる日」などと解される。

この他、原作ゲームに登場する「傑出した蛇」ムシュマッヘ、「毒持つ蛇」バシュムもまた、ティアマトの生み出した11体の落とし子に含まれている。
ちなみに、紀元前1500年頃、メソポタミア地方にマルドゥク信仰を持ち込んだとされるカッシート人の伝説的な王アグム・カクリメ(アグム2世)にまつわる碑文の後代の写しには、バシュム、ラフム、クサリック、ウガル、ウリディンム、クルル、スフルマシュといったマルドゥクに打ち倒された魔獣たちの姿が、バビロンおよびバビロンに服属した都市の神殿内陣の扉に彫り込まれていたという記述がある。この碑文はバビロンひいてはマルドゥクの支配権を補強するための後世の偽作説もあるが、紀元前6世紀に新バビロニア王国のネブカドネザル2世が建設したイシュタル門には事実、ムシュフシュの姿がモザイクで描かれており、彼らがバビロン王国の諸都市の守護獣とされていたことは確かである。
『エヌマ・エリシュ』の物語では、ティアマトが殺害された後、彼女が創造した魔獣たちもまたマルドゥクに捕らえられている。彼らは鼻に穴をあけられて綱を通され、手を縛り上げられるという屈辱的な姿でマルドゥクの足下に踏みつけられたと書かれているものの、殺害は免れたようだ。その代わりに、彼らは神々に服属し、都市の守護神となったのだろう。
なお、アニメ本編に今後登場する「毛深きもの」「泥だらけのもの」ラフムもまた、『エヌマ・エリシュ』ではティアマトが生み出した魔獣たちの一体なのだが、『Fate/Grand order -絶対魔獣戦線バビロニア-』では「一度殺された後、再び現れたティアマト神」が新しく産み直した子供(今度は11種類ではなく、1種類のものとして)、という設定となっている。北壁で人類と勢力争いをしていた魔獣たちはティアマト神ではなく、その権能を与えられたゴルゴーンが作り出していたものである。